← 記事一覧へ戻る 2026.02.19

左?右?それとも東? 言語が形作る空間の捉え方

言語が私たちの空間認識に与える影響を深掘りします。「左」「右」といった相対的な表現が一般的な日本語話者には想像しにくい、「東」「西」といった絶対的な方角で常に世界を捉える言語(グーグ・イミディル語など)の存在を紹介。私たちが無意識に使っている言葉が、いかに思考や世界の見方を形作っているかを、具体的で分かりやすい例を交えながら解説し、言語の奥深さと多様性を伝えます。

左?右?それとも東? 言語が形作る空間の捉え方

「そのコップ、テーブルの右に置いてくれる?」「駅を左に曲がって、まっすぐだよ」。私たちの日常生活で、こんな風に場所を指示したり、道案内をしたりするのはごく当たり前のことですよね。「右」や「左」といった言葉は、私たちの空間認識の基本中の基本だと思っていませんか?

でも、もし世界中すべての人が、あなたの想像とはまったく違う方法で空間を認識しているとしたらどうでしょう?「駅を左に曲がって」ではなく、「駅を西に曲がって」と言わないと通じない言語があるとしたら? 実は、そんな言語が実在し、彼らは私たちが無意識に使っている「右」「左」といった相対的な感覚とは全く異なる方法で世界を見ているんです。今回は、言葉が私たちの空間認識をいかに形作っているのか、その驚くべきメカニズムを探ってみましょう。「なるほど!」と誰かに話したくなるような発見が、きっとあるはずです。

詳しく見てみよう

まず、私たちが普段使っている「右」「左」のような空間認識を、言語学では「相対座標系(そたいざひょうけい)」と呼びます。これは、話している人や基準となるもの(例えば、自分自身や目の前の車)から見て、相対的に方向を示す方法です。例えば「あなたの右手に本がある」と言う場合、あなたが向きを変えれば、その「右手」が指す方向は変わりますよね。このシステムは、私たちにとって直感的で、身近な範囲の指示にはとても便利です。日本語や英語など、世界の多くの主要言語がこの相対座標系を主として使用しています。

しかし、世界にはこの相対座標系とは全く異なる方法で空間を捉える人々がいます。それが「絶対座標系(ぜったいざひょうけい)」です。これは、地球上の地理的な方向、つまり「東」「西」「南」「北」や「上」「下」といった固定された方向で場所や動きを表現するシステムです。例えば、「コップをあなたの東に置いて」「北に向かって歩いて」といった具合です。私たちが「右」や「左」と言う場面で、彼らは常に「北」「南」「東」「西」を使います。信じられますか?

この絶対座標系を日常的に使う最も有名な例が、オーストラリア北東部の先住民が話す「グーグ・イミディル語」です。この言語には、私たちのような「右」「左」「前」「後ろ」といった相対的な言葉が存在しないと言われています。彼らは生まれてからずっと、どんなに小さな子供でも、常に正確な方角を意識して生活しています。例えば、食事中に誰かがパンを欲しがったら「北東にあるパンを取って」と言ったり、椅子に座る時も「西に座って」と指示するそうです。

グーグ・イミディル語話者は、家の中でも、寝ていても、地下にいても、常に自分がどの方角を向いているかを把握していると言われています。まるでGPSが脳に埋め込まれているかのようです。彼らの脳は、私たちが意識的に方向感覚を働かせるときに使う脳の部位とは異なる場所が、普段から活動していることも研究で示唆されています。この能力は、単なる習慣や訓練だけでなく、言語によって思考様式そのものが形作られている証拠と言えるでしょう。私たちが言葉によって世界をどう切り取るか、その根幹に関わる非常に興味深い現象です。

身近な例

では、この絶対座標系と相対座標系の違いが、私たちの実生活にどう影響するのでしょうか?

もしあなたがグーグ・イミディル語を話す人々に道案内をするとしたら、どうなるでしょう? 「この道をまっすぐ行って、二つ目の角を右に曲がってね」と言っても、彼らには通じません。あなたは「この道を北に進んで、二つ目の角を東に曲がってね」といった具体的な方角で指示する必要があります。そのためには、あなた自身が常に正確な方角を把握している必要があるわけです。普段「右」や「左」で済ませている私たちには、これはかなりハードルが高いですよね。

この違いは、単なる道案内の問題に留まりません。例えば、記憶にも影響が出ることが示されています。グーグ・イミディル語話者は、出来事を時間軸に沿って「東から西へ」のように、地理的な方向に関連付けて記憶する傾向があるそうです。一方、日本語話者や英語話者は、自分を中心とした時間軸(過去は後ろ、未来は前など)で記憶することが多いとされます。これは、私たちが「過去を振り返る」「未来に向かって進む」といった表現を使うことからも分かります。言語が、私たちの記憶の整理方法や思考パターンにまで影響を与えているなんて、驚きではないでしょうか?

また、方向感覚の鋭さにも関係があるかもしれません。私たちの中にも「方向音痴」の人もいれば、一度行った場所は忘れない「地図脳」の人もいます。その差は個人の資質だけでなく、もしかしたら無意識のうちにどちらの座標系に近い思考をしているか、あるいは幼少期からどのような言葉で空間認識を教えられてきたか、という言語的要因が影響している可能性も考えられます。

現代ではスマートフォンの地図アプリが普及し、私たちはいつでも正確な方角を知ることができます。しかし、私たち自身の感覚器官だけで常に方角を把握する能力は、言語によって培われるものだと考えると、地図アプリの登場が私たちの空間認識にどんな影響を与えるのか、興味深い問いが生まれます。もしかしたら、未来の日本語話者の空間認識は、今とは少し違ったものになっているかもしれませんね。

まとめ

「右」「左」が当たり前だと思っていた私たちの世界が、言語によって「東」「西」を基軸とする人々がいることを知って、いかがでしたか? 私たちが何気なく使っている言葉が、実は私たちの空間認識の根幹を揺るがし、ひいては思考や記憶のあり方までをも形作っていることに気づかされたのではないでしょうか。

この驚くべき事実は、「私たちは言葉によって世界をどのように切り取っているのか?」という問いを投げかけます。異なる言語を学ぶということは、単に新しい単語や文法を覚えるだけでなく、その言語が持つ独自の「世界の見方」を手に入れること。そして、私たちの「当たり前」が、実は多様な可能性の中の一つに過ぎないことを教えてくれます。今回の話を通じて、ぜひ、あなたの周りの人にも「言葉って、こんなにすごいんだよ!」と話してみてください。きっと、言語の奥深さ、そして世界の多様性について、新たな視点が得られるはずです。